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硯の前に座り、そっと背筋を伸ばす。
その一瞬の所作が、今日の一文字を決めてしまうことを、私たちはどれほど意識しているでしょうか。
ピシッと伸びた姿勢の美しさ。
それは見た目の問題ではなく、筆先に迷いを生まないための、最初の準備です。
筆を持つ前、墨に触れる前。
書はすでに、静かに始まっています。
「なぜ線が揺れるのか」「なぜ形が安定しないのか」。
その答えを、筆先や技法の中だけに探してしまう方は少なくありません。
しかし実際には、多くの場合、原因はもっと手前にあります。
それが姿勢です。
背中が丸まり、肩が落ち、呼吸が浅くなる。
その状態で引いた線が、どこか弱々しく、迷いを帯びるのは自然なことです。
背筋をピシッと伸ばし、腰を立て、肩の力を抜く。
すると不思議なほど、筆先が静まり、線が素直に紙へと降りていきます。
書道において姿勢は、上達のための「コツ」ではありません。
すべての技術を支える、揺るがない土台です。
背骨が立つことで、腕は自然に下へと落ち、筆は無理なく90度を保ちます。
逆に姿勢が崩れると、筆を立てようとしても、どこかに無理が生じます。
書道は、文字を美しく表現する技術にとどまらず、書き手の精神性や身体動作を含めた総合的な文化表現である。
文化庁は、日本の伝統文化としての書道を、このように位置づけています。
文字の造形だけでなく、書くときの身体の在り方そのものが表現であるという考え方です。
姿勢、所作、呼吸。
それらが整ったとき、線には不思議と品格が宿ります。
全日本書道連盟においても、初学者指導の段階で「姿勢」「筆の立て方」「無理のない身体操作」が繰り返し強調されています。
これは長年の教育現場で、線質と姿勢の密接な関係が確認されてきたからに他なりません。
書は、心で書き、身体で書き、筆先に現れる。
その順序を忘れないことが、上達への最短距離なのです。
筆を紙に対して90度に立てる。
この基本は、単なる「型」ではありません。
筆を立てることで、穂先は均等に開き、墨を正直に紙へと渡します。
ごまかしが利かない分、線は揺れず、書き手の呼吸や迷いまでも映し出します。
一方、筆を寝かせてしまうと、穂先は偏り、線は太さや墨量が不安定になります。
それは偶然の表情を生むこともありますが、基礎段階では再現性を失う原因となります。
特に楷書では、筆を立てることが線の安定につながります。
点画一つひとつが明確になり、「止め・はね・はらい」が自然に整います。
筆を立てるために力を入れる必要はありません。
大切なのは、姿勢が整っていることです。
背筋が伸び、肘が自然に浮いた状態であれば、筆は無理なく90度に立ちます。
技術は、姿勢という土台の上に、静かに積み重なっていくのです。
書いている最中に、身体が大きく揺れたり、無駄な動きが増えたりすると、線は落ち着きを失います。
所作とは、動きを足すことではありません。
むしろ、不要な動きを削ぎ落とすことです。
静かに筆を運び、静かに戻す。
その繰り返しの中に、余白が生まれ、線に呼吸が宿ります。
海外で書道ワークショップを行った際、よく驚かれることがあります。
それは、「書いていない時間」の長さです。
筆を置く前、筆を戻す後。
その所作を大切にすることで、書全体の空気が整います。
字は手先で書くものではありません。
全身で書き、その結果が線として現れるのです。
腰を立て、背骨をまっすぐに通します。
胸を張る必要はありません。自然な垂直を意識してください。
姿勢が整えば、筆は自然に立ちます。
無理に角度を作ろうとせず、身体全体のバランスを見直しましょう。
墨を含ませたら、すぐに書かない。
一呼吸置くことで、線は驚くほど落ち着きます。
美しい文字は、技術の先にあるのではありません。
ピシッと伸びた姿勢の美しさ、その静かな所作の中に、すでに宿っています。
筆の扱いは、心の扱い。
所作を整えることで、線は自然と整っていくのです。
無理に続けず、こまめに休憩を取りましょう。
姿勢が崩れた状態で書き続けることは、上達の近道にはなりません。
完璧さよりも、「背筋を伸ばす意識」を伝えることが大切です。
所作の美しさは、自然と身についていきます。
表現上、角度が変わる場面はありますが、基本は同じです。
立てる意識があるからこそ、崩しにも品格が生まれます。
もし、線が安定しないと感じているなら。
技術を足す前に、姿勢と所作を見直してみてください。
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